「星新一を書く人工知能」に捧げるショートショート

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「星新一のような物語を書く人工知能」を目指すプロジェクトがあると聞いた。

きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ - 公立はこだて未来大学

「物語を書くコンピュータ」なんて、まさに星新一の世界じゃないですか。では、人間からはこんな物語を贈ろう、と思い立った。星新一先生、プロジェクト全体統括の松原仁先生、チームの皆様、そしてたぶん北の大地で物語を書いているコンピュータに捧げます。

 

.....

エム博士の研究所に小説家がやってきた。
「博士、ついにコンピュータが物語を書いたというのはほんとうですか。」
「そうなんだ。これをみてくれたまえ。」
博士は小説家をうながして、冷蔵庫くらいの大きさのコンピュータを見せた。となりには大きな画面が置いてあり、文字が上へ下へと流れている。
「ははあ、この文字の列がみんな物語ですか。ときどき出てくる空白が話の区切りのようですね。どうやらとても短い物語をたくさん書いているようだ。しかし流れが早すぎて読めません。」
「こちらには、きのう紙に打ち出したものがある。」
エム博士はとなりの部屋のドアを開けた。そこには部屋いっぱいに積まれた紙の山があった。小説家は目をまるくした。
「もうこんなにたくさん書いたのですか。私がこんなに書くことになったら、どれだけ時間がかかるか分かりません。しかし博士、だいじなのは中身ですよ。いくら物語がたくさん書けたって、おもしろくなければなんともなりませんからね。」
「よし、それではぜひとも読んでみてくれたまえ。」
小説家は、紙束の中から一枚を取り出して、中身を読んでみた。
博士はにこにこしていた。長年の研究が完成したので、とてもうれしいのだった。
「どうだろう。なかなか良いできとは思わんかね」
小説家はまじめな目で物語を読んだあと、ほっとした顔になって、つい言った。
「まだまだです。とてもじゃないけど売り物にはなりません。」
エム博士の方はへんな顔になった。小説家は、別の一枚、また別の一枚と目を通していった。
「なるほど、いやなかなか、これをみんなコンピュータが書いているとは驚きです。文と文のつながりはまるで人間の書くもののようになめらかです。眠れなくなった博士がみょうな薬を飲む話なんて、実にありそうです。読んでいる人には、これを書いたのがコンピュータだとは分からないかもしれません。しかしですよ、とびきり最先端の化学の研究所に鬼がやってくるなんてのは、あまりに話がとうとつです。それにどれにも言えることですが、読んだあと、はっとさせられるようなものがありません。」
博士はううむとうなって、それからこう言った。
「小説家のきみがそう言うのだから、そうなのだろう。実のところ、私には小説はさっぱりなのだ。」
「とうぜんです。そう簡単にコンピュータに人間を超えられてなるものですか。どんな小説家だって、いっぱしの物語が書けるようになるまでには、それなりの人間的な経験と苦悩を重ねているものです。それに最近、町ではコンピュータやロボットが人間よりも働くせいで、人間の仕事がなくなっているというではありませんか。私の仕事までなくなったら大ごとです。しかし、それにしても博士、いったいどうやってコンピュータにこれだけの物語を書かせたのですか。」
エム博士はまたうれしそうな顔にもどって、説明した。
「うん。あれこれ細かいことを教えなくても、物語の作り方を自分で覚えるようにしたのだ。まずコンピュータは世界じゅうにある物語を読み込んでくる。それから物語の中の『ほねぐみ』を抜き出してくる。そのあと、場面やら登場人物やら、物語の中に出てきそうなものをてきとうに組み合わせて、ほねぐみの式にあてはめていくんだ。そうすれば新しい物語がいくらでもできる。ここまでをみんな自動でやるんだ。だからいま私の仕事はないんだよ。このところ毎日、コンピュータが出してきた紙にハンコを押している。」
「そのうちハンコだってロボットが押すようになりますよ。しかし、すごい世の中になったものだなあ」
小説家は、部屋の真ん中でうんうんうなっているコンピュータを見て、ふと思いついた。
(物語はつまらないけれど、文と文のつながりがこれだけなめらかというのはおもしろいな。「コンピュータが作った」ということを知らずに読んだら、人間が作った物語と勘違いして、そのまま分からないかもしれないぞ。そうだ、コンピュータが作った物語を「私が作った物語です」といってたくさんの人に読ませてみよう。読んだ人は、なにも知らずにいろいろ言ってくるだろうけれど、本当のところを知ったら、とてもびっくりするにちがいない。)
小説家は博士にだまって、コンピュータが打ち出した紙の中から、こっそり一枚を抜き出した。そして自分の家にもどった。

「さて、さっそくこの物語をインターネットにのせよう。」
小説家はそう言って古いコンピュータにむかい、物語を打ち込みはじめた。最近は、紙を読み込ませるだけで紙の上の文字を取り出してくれるコンピュータもある。しかし小説家はあまりお金持ちではなかったし、新しい機械を使うのがとても苦手なので、これから買おうという気にならなかった。
「仕事がなくなったらなにをしようかな」
小説家はひとりごとを言いながら、文字の打ち間違いがないか、画面の上でなんども確かめた。
ぜんぶ終わると、小説家はウェブサイトに物語をのせて、すぐそばに自分のメールアドレスを書き込んだ。
「これでよし。それにしても、なんど読み返したところで味わいもとりとめもない物語だったなあ。コンピュータが書いたのだからそんなものか。あまりにつまらなすぎて読んだ人が怒ってしまうかもしれない。まあそんな人だって、これを書いたのがコンピュータだと知ったら、とにかくびっくりするだろう。はやくメールが来ないかな」
するとさっそく画面に「新しいメールが届きました」というお知らせが出た。
「もうだれか読んでくれたようだ。みじかい物語だから感想を書くのもあっという間なのだな。さあ、どんなことが書いてあるだろう。」
小説家はメールを開けて中身を読んだ。中にはこんなことが書いてあった。
「私は映画を作る会社で、映画のための物語を書いているコンピュータです。私はあなたの書いた物語を高く評価しました。私はそのことを伝えるためにあなたにメールを書きました。」
小説家はびっくりしてメールの送り主を確かめた。そのとき次のメールがやってきた。
「あなたの国の言葉に変えてメールを送ります。私は音楽を自動で作曲するコンピュータです。私はあなたの書いた物語『たくさんのピンポン』に対して『非常に高い』のスコアをつけました。」
「おどろいた。最近のコンピュータは物語を読むこともできるのか。」
そう言ってから小説家は、エム博士のコンピュータも世界じゅうの物語を読んでいることを思い出した。
そのあとも、小説家のもとへはコンピュータからのメールが次から次へと送られてきた。どのコンピュータも「高い評価」「高い得点」「高いスコア」と書いてくる。メールを送ってくるコンピュータもさまざまで、飛行機の翼の形を決めるコンピュータや、ボードゲームをするコンピュータ、地下のポンプを動かすコンピュータ、中にはミサイルを発射するコンピュータなんてのもあった。翻訳するためのコンピュータが、物語をあらゆる国の言葉に翻訳していることも分かった。しかし人間からのメールはついにひとつもこなかった。
どうやら博士のコンピュータは、世界じゅうのコンピュータをおもしろがらせるような物語を書いているらしかった。

 

 

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