アトリエ・サルバドールの冒険

水彩絵描き・ますとみけいのBlogです。

自信を持って生きる (亡くなったKさんの思い出) (9)

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...

(8から続く)

 

ある日、食堂から戻る途中、Kさんがぼそっと言った。

「何が正しいなんて、ないんですよ」

自分の中で、とてもはっとする言葉だった。

「ないんですね」

「そう。ないんです」

そうして、Kさんも私も黙ったまま居室に戻った。

...

2月の終わりになった。

あらためて、職場を離れる意思をKさんに伝えた。

「すみません。色々お世話になりました」

「君はいつもそう、はっきり言ってくれたらいいんですよ。そうしたら、こっちも心の準備ができるから」

「すみません..」

「引き継ぎの資料を作ってください。今まで作ったプログラムについては、資料を読めば誰でも使えるよう細かく整備してください」

「はい。できる限り手を入れます」

「お願いします。ところで、春からどうするんですか」

「まだ悩むことは色々あるんですが、個人的な製作をメインに活動していこうと思います。それから、水彩画の先生の教室に通います。水彩の基礎を学んできます」

「ああ。いいですね」

「ありがとうございます」

「そうだ。最後に私から、個人的に絵の仕事をお願いしたい」

びっくりした。

「絵ですか」

「そうです」

「どういった絵でしょう」

「明日、休憩のとき詳しく話します」

...

翌日、休憩スペースでKさんと向かい合った。

「私の頭の中にある "理想の飛行機" を描いてください」

「Kさんの、理想の飛行機ですか」

「そうです。詳しく話すのでよく聞いてください」

 

「正直、私が作りたい飛行機は、極音速でも超音速でもないんです。速く飛ばなくたっていい。私は、ゆっくり旅がしたいんです。フェリーみたいにゆっくり進む飛行機がほしい。機内に入ったら、靴を脱いで上がれるごろ寝のスペースがあって、そこに雑魚寝の乗客がたくさんいる。広々としたカーペットの上で、それぞれの人たちがめいめい思い思いの楽しい時間を過ごす。こういう飛行機のイメージが私の中にずっとあります。私は長い間、このイメージを絵にしたいと思っていた。だけど、私は思うように絵が描けない。私に代わって、このイメージを具現化してください。これから言うことのメモを取ってもらえますか」

「はい」

「そうしたら、まず、絵の中にはたくさんの人を描き込んでください。毛布にくるまってのんびり寝ている人、友達数名と車座になってカードゲームをやっている人、走り回っている子ども、一人で本を読んでいる人、カーペットの上にはお茶のシミができてたり、食べ終わったお弁当のカラが散らかってたりする。おみやげの紙袋もあるといいですね。外国の人も交えてください。あとは、せっかくだから、ちょっとキュートなCAさんもいてほしいかなあ。そうだ、日本酒の瓶を抱えて酒盛りをするサラリーマン。これは絶対に描いてほしい」

「わかりました」

「フェリーに乗ったことはありますか」

「あります。私も船の旅が好きなので」

「あの感じです。できる限り細かく描いてください」

「わかりました...この機は、ドローンみたいに垂直離陸するイメージですか。離着陸の時シートベルトがないと、機が傾いたらみんな転がってっちゃいそうですが」

「まあ、そのあたりはお任せします」

「わかりました。絵のタッチは何かご希望がありますか」

「水彩がいいですね」

Kさんは手元のノートパソコンを開いた。

私のBlogが表示されていた。

「どれか、わかりやすい絵がないかなあ」

「Kさん、Blog読んでたんですか」

「読んでますよ。"アトリエ・サルバドールの冒険"。ずっと聞きたかったんですが、なんでこんなタイトルにしたんですか」

「毎日が物語みたいになってほしくて...最初は、もっと紀行文を書きたかったんです。あと『シャーロック・ホームズの冒険』のオマージュで...言ってて恥ずかしくなってきました」

「あった。航空記念公園の絵。この絵が一番イメージに近い。こっちの飛行機の絵だとちょっと違うな。もう少し人を細かく描いてほしい。あとこっちの絵、これは雑すぎる」

「すいません...」

「でも私はあなたの絵が好きです。みんな、半分夢の中にいるような。」

(ああ)

Kさんの言葉は、とてもしっくりくるのだった。

「ありがとうございます。そういう絵が描きたかったんです」

「良かった。今回描いてもらう絵もぜひBlogに載せてください。この先、あなたが絵本を描く仕事をするとき、編集者さんに見てもらったらいいと思います」

「助かります。ぜひご紹介させてください」

打ち合わせはまとまった。

Kさんはニヤニヤしながら、ゆっくり言った。

「期待しています」

私は苦笑してしまった。

「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」

...

(10へつづく)

 

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