アトリエ・サルバドールの冒険

水彩絵描き・ますとみけいのBlogです。

自信を持って生きる (亡くなったKさんの思い出) (3)

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(2から続く)

 

私は、前からずっと気になっていたことをKさんに聞いてみた。

「Kさんは何か修行をされているんですか」

「そう、修行してる」

「どういう修行なんですか」

「坐禅を組み、大声を出して鈴を振る」

「...」

「思うほど怪しいものではないですよ。特に、坐禅はいい」

「何のための修行なんですか」

「無心になるため。」

「無心。」

「坐禅を組み続けると、本当の無心がやってきます。私は以前、何日間にもわたってぶっ続けで組んだことがあります。不眠不休、手も足も痺れ、頭もチカチカして、ああ、もうだめだ、と思うんだけど、それでもただただ組み続ける。するとある時、目の前にパッと "新しい状態" がやってくる。物事がみな透き通って、何もかもがとてもクリアに見えてくる...これは、やったことのある人でなければわからないだろうね」

「......」

「興味があるなら案内しますよ。あなた、脳の研究をやっていたなら、一度くらい  "そういう状態" を見たいと思ったことがあるでしょう」

「いえ、結構です」

「なんだ、もったいない。私から紹介しますよ」

「絶対に結構です..」

私は、目の前のKさんがやつれて、あまり健康そうに見えなかったので、おそらくこの修行は身体を痛めるものなのだと想像した。Kさんは会話の途中、よく咳払いをした。鈴を振る修行で声を出し続けるため、喉を壊しているらしかった。

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2016年の秋、Yさんが一度研究を離れ、企画のための部署へ異動することになった。Yさんは「色々ごめんなさい!何かあったらいつでも連絡してください。すぐそちらへ向かいます」と言って、企画の建屋へ移っていかれた。

私のほとんどの仕事は、Yさんのデータ解析のサポートだった。「この先どうなるんだろう」と思った。研究所と派遣会社のやりとりがあった後、私の派遣契約はそのまま継続となり、私の作業監督はKさんが引き継ぐことになった。

Yさんが去って、居室は急に静かになった。

居室にはKさんと、委託職員のSさん、私の3人が残った。

Sさんは外部の会社の方で、実験設備の開発サポートをしていた。私とSさんは、Kさんが居室にいないとき、2人でよく「どうしましょう...」と相談しあった。

仕事上、Kさんとのやりとりをする機会が増えた。Kさんとのやりとりでは、悩まされることが多かった。Kさんは、ミーティングの時間を忘れてしまうことがよくあった。お願いした作業がいつの間にか"なかったこと"になってしまうこともよくあった。ご本人は、変更や確認の内容を本当に覚えていない様子で、私はとても混乱した。何かの機会にKさんにそのことについて尋ねると、Kさんは黙り込んでしまい、しばらく話をしてもらえなかった。

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ある日、Sさんと揃って研究所の方に相談した。

「それは、困りましたね」

「大丈夫なんでしょうか」

「K君は本来、昔から真面目で、何でもきっちりやるんです。私はK君が入所した時から見ていますが、そこはずっと変わらないです。遅刻と欠勤は多かったけど、このところはちゃんと来てるようですし、少し様子を見てもらえませんか。何か気づいたら、また連絡してください」

「わかりました」

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Kさんは、居室にいる多くの時間、うつむいて体調が悪そうだった。

3時に居室でお茶をする時、Kさんに話しかけた。

「ご飯を食べていますか」

「あまり食べる気がしない」

「...」

「あなたの心配はいりません」

「病院に行かれた方がいいのではないですか」

「私は、修行があるからいいのです」

Kさんからは、いつも酢のような香りがした。

...

Kさんの状態は、日増しに悪化しているように見えた。毎朝、苦い顔をして出勤してくる。朝から居室にはいるけれど、机に座っているのが辛そうだった。顔は赤黒く、いつも汗をかいていた。昼、食堂に行っても、ものが食べられず、家から持ってきた野菜ジュースだけを飲んでいた。

私は、言わないわけにいかなかった。食堂でSさんとテーブルを囲んで、Kさんに切り出した。

「専門機関に相談して、お酒をやめられた方がいいと思います」

Kさんは、ギョッとした表情をした。私はその表情を見て、この人、今までずっと隠しおおせてると思ってたのか、と思った。

「一日にどのくらい飲まれてますか」

「私は、私の意思で飲んでいるんだから、何の問題もありませんよ」

「専門機関に相談してください。危険です。Kさんご自身が一番お分かりだと思います。」

Kさんは返事をしなかった。

翌日、Kさんは居室に来なかった。

 

(4へ続く)

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