...
(5から続く)
Kさんの年賀状と紙束を見てから、私は考え込んでしまった。
同じ夏、1枚の駅の絵の製作に膨大な時間をかけて以来、私は「次の絵」を描く気力を失っていた。暑い夏の日にスケッチに行って、数百枚の写真と数十本の動画を撮り、自宅に戻って整理した。絵の中に描く工業製品の構造を詳しく調べた。絵は、なんとか仕上がった。
1枚描くたびこんなに疲れてたら、先が続かない。"絵を描き続けられる"のが絵描きだ。こんなにすぐ気力をなくしているようでは、私は"絵描き"にはなれない。
そういうことをぐずぐずと考えていた。
この間、私は絵を描かなかった。
...
職場では、相変わらずKさんに絵を描くことを勧めていた。
「Kさん、らくがきをはじめてみませんか」
Kさんは言った。
「毎回言いますが、そういうのは『あなたが』すればいいんですよ」
「やってみたら楽しいかなと思って」
「やりません」
「ちょっとやってみるくらい、いいじゃないですか」
「そういうのはいいんですよ」
Kさんの顔色は、度々赤黒くなっていた。
...
2017年3月、年度末になった。Yさんの異動はもう1年続くことになった。
Kさんから話があった。
「4月からの仕事ですが」
「どういったお仕事でしょうか」
「大規模データから『特殊なできごとの兆し』を見つけ出してください。一体どんなできごとなのか、どのような形で埋もれているか、本当のところはわからない。その定義からが仕事です」
「...難しそうに聞こえますが」
「得意だと思いますよ。手伝ってもらえませんか」
ここまで2年続けてきた、Yさんのデータの解析は終了になった。次の1年、Kさんからの指示を受けて仕事をする。残業も増える見込みになった。
...
帰りのバスの中で「絵が描きたい」という気持ちになった。
研究所のWebサイトから、研究所の飛行機の写真資料を取ってきた。
いくつかの資料を組み合わせながら下絵を描いた。
「本当に飛んでるみたいに、本当に飛んでるみたいに」と念じながら描いた。
なぜか、するする描けた。
いつも通り、気に入らないところはたくさんある。だけど「紙の向こうに飛行機がある」感じに近づいた。
ほっとした。やればできる。飛行機なんて描いたことなかったけど、やってみたら案外描ける。私はいつもこの「ちょっとだけやってみる」がとても難しい。ごちゃごちゃ考えて、何もしないでビビってやめる。ほんの少しだけ、まずはやってみれば終わることが、なぜかできない。考えすぎる。
絵を額に入れて、研究所へ持って行った。
...
年度末の最終出勤日、絵の入った箱をKさんに渡した。
「これは何ですか」
「開けてみてください」
Kさんは箱を開けて、絵をじっと見た。
「我々の飛行機ですね」
「水彩で描きました」
「...」
「差し上げます」
Kさんはしばらく絵を見ていた。
それから、絵を休憩スペースに持って行った。
「どこがいいですかね」
カレンダー用のフックにひっかけた。
「ここにしましょう」
飛行機の絵は、居室の休憩スペースに飾られることになった。
...
(7へ続く)
...